配られた資料の冒頭にある新聞記事に、まず驚く。平成13年7月の定例会見でに警察庁長官が述べた「もう警察だけでは難しい」との発言に、もはや、自分の身は自分で守らねばならない時代であることを実感する。もちろん、子どもたちの安全も、親である私たちが守る。そういう覚悟をしなければ時代になっているのだ。
講演の冒頭から、中山先生は強く「防犯の基本は、自分の安全は自分でしか守れない」と訴える。私たちにその意識がなければ、子どもたちを守ることはできない。事件事故から身を守る「知識」は盾であり、私たちは子どもたちに防犯の知識とともに、「自分の安全は自分守る」という気構えを教え伝えていかねばならない。
幼稚園児に限定すれば、この年頃の子どもは、「指示通りに行動することはできない」ということを、大人が強く認識する必要がある。誰しも経験があるが、「これはやってはいけないよ」と注意しておいても、多くの場合、子どもたちには通用しない。大人が「目を、手を離さない」というのがこの時期の子どもたちの防犯の大原則であるのだが、これに加え、やむを得ない場合は具体的で物理的な「制限を設ける」ことも有効である。
例えば、ある雪深い地方の幼稚園で、屋根の雪が遊んでいる園児の上に落下し、大きな事故になったことがあった。幼稚園の先生方はもちろん、「屋根の下で遊んではいけない」と子どもたちに厳しく指導していたのだが、実際には数人の園児たちが屋根の下で遊び、不運にも事故に巻き込まれてしまった。この場合は「ロープの中で遊ぼう」など、園側の物理的制限があれば、事故は防げたことは間違いない。
子どもが犯罪に巻き込まれるのは、抵抗力がない未就園児や幼稚園児、小学校低学年の児童に多いと思っていないだろうか。だが実際は、中学生、高校生と、成長とともに、その犯罪被害件数は飛躍的に多くなる。これは小さい頃は大人が守ってくれているが、自立し、一人で行動する範囲が広がるにつれ、危険性が増していることを意味している。しかしながら、子どもは自立していくもので、またそうでなくてはならない。その時に備え、今の私たちにできること…。中山先生は一段と声を大きくされた。
「お母さん方、今はまず、お子さんの心を育ててください」 『心』…?少し唐突な印象で驚くが、中山先生は更に続けられる。「昨日、お子さんにどういう風に声をかけましたか?お小言ばかりじゃなかったですか?」中山先生の問いかけに、会場がどよめく。きかん坊盛りの園児のお母さんたちには少々耳が痛いお話だ。「親の愛情は、背中では伝わらないんですよ、言葉、言葉をかけることが大事なんです」
たくさんの犯罪事例と向き合い、数々の少年犯罪を研究されてきた先生である。たくさんの事例の中から、犯罪行為を行いやすい、受けやすい子どものタイプが見えてくる中で、私たち園児の母が今何をすべきか、はっきりと指摘された。
「親、または親に準ずる人に愛されている、大事にされている、そう実感することで、子どもは自分の存在への確信を持つ。そうした愛情溢れる環境で育った子どもは、犯罪被害に関わる可能性が低いのです」中山先生の言葉に、昨今の少年犯罪について思いめぐらす。そうした事件は必ずと言っていいほど、家庭環境に何らかの問題があることが指摘されている。親が常に見守り、大きな愛情で包むこみ育てることが、将来、子どもを犯罪から守る。思えば至極当然のことなのだ。
また、こうして大人に愛情深く見守られた子どもたちは、万が一、避けられない犯罪被害に遭った場合でも、それにめげることなく、逞しく立ち直ることができるという。その心の力を育てることが、今、4~8歳の子どもを持つ親にとって、子どもを犯罪から守るために最も大事な事だと、中山先生は力強くおっしゃった。
「まずは今日帰ったら、ありがとう、という言葉を使ってみましょうよ」お母さんたちが大きく頷く。我が子を愛しているのは間違いないけれども、なかなかそれを伝えられるような言葉を口にすることは少ない。「言わなければ子どもたちには伝わらない、愛している、大事に思っているということを実感するためには言葉にすることが大切ですよ」
更に、愛情豊かに子どもを育てる一方で、成長に従い、年齢に応じた防犯を知識はしっかりと教えていかねばならない。たとえば…と、小学生になってからの注意も合わせて、具体的詳細に教えてくださる先生。
「ただ、幼稚園児と限定すると、今の時期はまず、目を手を離さないこと、次は、愛情豊かに心を育てることです。こういう事を防犯の知識として教える人は少ないかもしれませんが、私はこのことこそが、子どもの明るい未来のために、とても大事だと思っています」
小学生になってからの注意事項も、近い未来に必要なこととして具体的にご指導くださる中山先生のお話を、熱心にメモをとられるお母さんたち。特に、一人で外出しはじめるようになると、どのように自分の身を守るか、知識として知っているか否かがとても重要になる。たとえば、私たちはよく「知らない人についていってはだめだよ」と子どもたちに言う。
「知らない人って誰ですか?」中山先生の問いかけに口ごもる一同。「顔をみたことがない、名前も知らない人ですね。でもこんな指導は間違っている。親の許可がない限り、誰であってもついていってはならない、と子どもたちには言うべきなんです」「車に乗ってはいけない、これを子どもたちに徹底する。車に乗るとどんなに危険か、教えておく。そうすると子どもは、刃物を突きつけられても、車に乗ってはいけないと教えられているから、抵抗するものなのです。性犯罪が目的の連れ去りでは、まず刃物で傷つけることはしない。でも子どもが刃物で萎縮し、車に乗ってしまったら犯罪の被害者となってしまうのですよ」
先生の言葉に、家に帰って子どもに伝えたいことが山積みになっていく。しかしながら、幼稚園世代の子どもたちはまだ「言っても行動が伴わない時期」。まずは私たちが防犯に対する意識を研ぎ澄まし、その年齢に応じた「防犯の知識」を適切に授けていくしかない。自分の安全は自分で守るしかないように、子どもに「知識」の盾を与えられるのも、私たち親しかいないのだ。
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